2025-12-31|大晦日の蟹と、変わらない俺たちの温度感

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今年も残すところあと数時間。
窓の外からは寒風の音が聞こえるが、ここ、パートナーの部屋は暖房が効いていて快適だ。

俺は今、彼と二人で鍋を囲んでいる。中身は蟹だ。立派な脚がぐつぐつと出汁の中で踊っているのを見ていると、一年の疲れが湯気と共に昇華されていくような気がする。

それにしても、どうして大晦日になると人は(少なくとも俺たちは)蟹を食べたくなるんだろうな。スーパーの鮮魚コーナーが朱色に染まるのを見ると、条件反射のように「今年の締めくくりはこれだな」と手が伸びてしまう。普段は鶏胸肉やブロッコリーばかり食べて身体を作っている俺たちだが、今日ばかりはタガを外して、白身の甘みと濃厚な味噌を堪能することにした。二人して無言になり、黙々と殻を剥く時間すらも、なんだか妙に心地いい。言葉がなくても成立するこの空気感は、長く付き合ってきた証拠かもしれないな。

ふと、昔のことを思い出した。まだ若くて体力が有り余っていた頃は、年末年始といえば海外で過ごすのが俺の定番だった。日本の冬とは真逆の、南国の温かいビーチで新年を迎えたり、異国の喧騒の中でカウントダウンを叫んだり。 年末年始などの長期連休は、非日常の中に身を置かなければと思っていた節がある。

けれど、世界がコロナ禍という未曾有の事態を経験してからは、俺たちの過ごし方も随分と様変わりした。こうして互いの家を行き来し、静かに年を越すことが当たり前になった。

食事が一段落した後は、ソファに並んで座り、ダラダラとテレビの特番やYouTube、Netflixをザッピングする。「これ、面白そうじゃない?」なんて言いながら、取り留めもない動画を眺める時間。酒を片手に、時折彼の方を見ると、リラックスしきった顔がある。外の寒さとは無縁の温かい部屋で、誰に気兼ねすることもなくのんびり過ごす。派手さはないが、これもまた間違いなく「贅沢」な時間の使い方だと言えるだろう。

ただ、ふと手元のスマホでSNSを開くと、タイムラインには海外旅行を楽しんでいる友人たちの投稿が流れてくる。空港のラウンジ、見たことのない景色、開放的な笑顔。それを見た瞬間、心の奥底で小さく何かが疼いたのも事実だ。「悪くないな」と今の幸せを噛み締めつつも、「またあんな風に、外の世界で刺激を受けてみたい」という欲求も、俺の中にはまだ残っているらしい。パスポートの有効期限を確認しつつ、来年あたりは久々に二人でどこか遠くへ行ってみるのもいいかもしれないな、なんてぼんやり考えている。

まあ、それは来年の俺たちが決めることだ。
今はただ、隣にいる彼と、腹一杯の蟹の余韻に浸りながら、静かに除夜の鐘を待つことにしよう。

今年一年、俺のギャラリーやブログを読んでくれた皆、ありがとう。良いお年を。

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