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俺は今日、朝から晩まで取引先への年末挨拶回りに奔走していた。
最近また少し身体を大きくしたせいか、一年前に買ったばかりのスーツが肩と太腿あたりで悲鳴を上げているのを感じる。スーツは体のサイズとフィットしていないとダサく見えるから、あらかじめ大きめのを買っておくとか難しいんだよね。かといって、毎回オーダーで買うとなると出費がかさむ。ガチムチを目指すスーツリーマンの切実な悩み。汗
ふと、20代の頃の自分を思い出す。あの頃の俺にとって、この「年末の挨拶回り」という習慣は、正直言って理解不能な悪習にしか思えなかった。「メール一本で済む要件だろう」「この移動時間でどれだけの作業ができると思っているんだ」と、内心毒づきながら、形だけの笑顔を貼り付けていた記憶がある。効率こそが正義で、儀礼的なコミュニケーションは生産性を下げるノイズだと信じて疑わなかった。若かったな、と思う。
けれど、40歳という節目を越えた今、俺の中でその感覚は大きく変化している。
今日、ある取引先の応接室で熱いお茶をすすりながら、担当の方と他愛もない雑談をした。仕事のメールやZoom会議では決して出てこない、仕事でちょっと困っていることや業界の裏話。
「実はね、ここだけの話――」
AIをいくら使っても得ることはできない生の声。定型文のやり取りだけでは見えてこない相手の人間臭さや、文脈の裏にある本当の想い。そういったものを汲み取るには、やはり膝を突き合わせて、同じ空気を吸う時間が不可欠なんだろう。
かつて「無駄」だと切り捨てていた儀式の中にこそ、仕事の潤滑油となる豊かさや競合を出し抜くビジネスチャンスが眠っているかもしれない。それに気づけたのは、俺自身が歳を重ね、効率だけでは割り切れない人の世の機微というものを、身をもって知ったから。
挨拶回りを終え、ビルを出た頃にはすっかり日が暮れていた。冷え切った空気を深く吸い込む。歩き回って少し張った脚の筋肉が、心地よい疲労を訴えている。
「さて、今年もあと少し」
心の中でそう呟き、俺はネクタイを少しだけ緩めた。
効率ももちろん大事だが、こういう泥臭い一日も、たまには必要だな。
